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村社 高田神社 [日本の歴史]

西伯郡庄内村大字高田字宮ノ宮鎮座

 祭神 大穴牟遅神、誉田別命、武内宿禰命、
    海津美命、底筒男命、天照大神
    素戔嗚神



 由緒 当社鎮祭の五柱の祭神は旧八幡宮(誉田
   別命、武内宿禰命) 山王権現(大巳貴命)
   妙見大明神(底筒男命) 龍王大明神(海津
   見命)にして、前記妙見龍王の二神を合祭
   して現社地の北方約八町字宮ノ峯と称す
   る台地に、西高田、東高田両村の氏神社
   として社号を妙見大明神と称へ奉祀せり、
   八幡宮山王権現合祭の神社は、往古八幡
   宮し称し、現社地を距る南方約十五町字
   長塔通り八幡が段と称する窪地の中央に
   鎮座ありしものなり、元弘の昔名和長年
   後醍醐天皇を船上山に迎へ奉り義軍を起
   こせし時に、参加せる香原林玄蕃允元親
   高麗山に拠城し東北鎮護として武運長久
   を祈る為に建立せしものなりと云ふ、其
   後此の地上高田村に属するか故に社殿の
   修復祭祀は一に上高田村より営み氏神社
   となせり、其後該神社野火に罹り由緒等
   焼失、沿革等詳にするを得ず、後萬治四
   年五月十一日因伯國守松平相模守の指示
   により前記妙見大明神と合祀し、現今の
   地を相し社殿を建て八幡宮と称して高田
   三村の総氏神と奉祀す、明治元年四月上
   高田神社と改称す、明治二十六年四月高
   田神社と改称、大正二年五月庄内村大字
   高田字夏目垣鎮座無格社東高田神社(祭神
   素戔嗚命) 同村大字同字堂田鎮座無各社
   西高田神社(祭神天照大御神)を合併す、昭
   和三年三月二十八日新鮮幣帛料供進神社に
   指定せらる。

 例祭日 十月十五日

 建造物 本殿、幣殿、拝殿、神楽殿、神饌所
 
 境内坪数 六百七十二坪

 氏子戸数 六十六戸


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