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稲荷神社 [日本の歴史]

日野郡黒坂村大字黒坂字宮山 鎮座

  祭神 倉稲魂命、大己貴命、大宮比賈命
     大山祇命、事代主命、猿田彦命

  由緒 創立年代不詳、伝へ云ふ村士青
     戸次郎左衛門高里彌左衛門此の両
     名由縁ありて西城山の麓に鎮祭
     尊敬せしものなりと、

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村社 熊野神社 [日本の歴史]

日野郡神奈川村大字俣野字宮ノ廻り鎮座

 祭神 伊邪那岐命、伊弉那美命、田心姫命、
    建速須佐之男命、大山祇命、稲脊脛命
 
 由緒 創立年代不詳、元熊野権現と称ふ、明
    治元年神社改正の際熊野社と改称、同
    五年村社にに列す、同六年熊野神社と
    改む、明治四十年四月二十七日新鮮幣
    帛料供進神社に指定せらる、大正三年
    十一月境内神社姫宮神社姫宮神社(祭神
    田心姫命)を合併す。
 
 例祭日 十月二十日

 建造物 本殿、拝殿、神楽殿、随神門

 境内坪数 千二百三十四坪

 氏子戸数 百三十七戸
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三部神社 [日本の歴史]

日野郡二部村大字三部字古城山鎮座

祭神 日稚産霊尊、大山祇命、天穂日命


由緒  創立年代不詳、旧號を日光東照
    大権現と云ふ、延長の頃己に
    鎮祭せりと云伝ふ、山名氏社領
    三十五石を附す、中村氏の時社領
十五石を寄付す、寛永十年十一月
    藩主池田氏社領五石二升四合を寄
    進寄進せらる、明治元年神社改正
    の際三部社と改称せられ、村内鎮
    座の摂末社を合祀す、明治五年郷
    社福吉神社の摂社に定められる同
    六年三部神社と改称す、(伯耆誌に)
    当社主神の外相殿に事代主神、東
    照神君を祀ると記せるに今之を脱
    す葢誤なるべし、尚同書に社山野上
    山と号す社説に祭神上の如くにして
    下野国二荒山神社同神なりと云りへ
    り二荒山神社は大己貴命、事代主命
    下照姫命三神に坐すを当社は大己貴
    命を稚産霊尊に誤り下照姫命を脱せ
    るものなり抑当社二荒山神社同神を
    祭れるはいかなる由ならん考ふべか
    らず、但当時他社に異れる義有しと
    見えて慶長中故國主中村侯崇敬有て
    神領十五石を寄せられし証文今尚存
    す、後東照神君を二荒山に齋祈ある
    によりて当社にも神君を配祈し又日
    光東照権現と称するなるべし。)

   例祭日 十月十七日

   建造物 本殿、幣殿、拝殿、神楽所、神輿庫、随伸門
   
   境内坪数 六百六坪

   崇敬者戸数 三十一戸
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大歳神社 [日本の歴史]

日野郡二部村大字畑池字宮ノ元鎮座

  祭紳 大穴牟遅命、高照比女命、大山祇命、
     猿田彦命

由緒 社殿に曰く、長徳四年戊戌三月十九日
     郷土六郎左衛門尉定壽の創立せる社な
     りと元二部神社の氏子内


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由緒 社殿に曰く、長徳四年戊戌三月十九日
     郷土六郎左衛門尉定壽の創立せる社な
     りと元二部神社の氏子内
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森脇神社 [日本の歴史]

日野郡二部村大字畑池字横畑 鎮座

  祭神 素戔嗚命、大己貴命、大山咋命
     天日方奇日方命、蹈鞴五十鈴姫命
     大物主命、大山祇命

  由緒 創立年代不詳、往古より野上莊
     池田村産土神にして山王権現と称
     し、今の社地を距る東約六町字古
     宮の地に鎮座ありしを、元禄十四
     年三月現今の地に奉遷す、明治元
     年神社改正の際森脇社と改めらる、
     此の際末社の神を合祀す、明治六
     年森脇神社と改称す。

 例祭日 十月二十八日

 建造物 本殿、幣殿、拝殿、神楽所、随神門

 境内坪数 四百九十坪

 崇敬者戸数 三十六戸
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山口神社 [日本の歴史]

日野郡二部村大字福居字堂ノ谷尻 鎮座

  祭神 大山祇命、猿田彦命、天鈿女命

由緒 創立年代不詳、旧山ノ神社と称せり、
    明治元年神社改正の際山口社と改め
    られ、村内鎮座末社の神を合祀す、
    明治五年郷社福吉神社の摂社に定め
    らる、明治六年山口神社と改称す。

  例祭日 十月五日
 
  建造物 本殿、幣殿、拝殿、神楽所

  境内坪数 百五十一坪

  崇敬者戸数 二十二戸

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郷社 野上莊神社 [日本の歴史]

日野郡二部村大字福吉字宮ノ前鎮座

 祭神 天照大神、誉田別尊、手力雄命、
    栲幡千々姫命、玉依姫命、倉稲魂命
    速玉男命、伊邪那岐命、大山祇命、
    大日霎貴命、素戔嗚命、金山彦命、
    土素命、奥津彦命、奥津姫命、天
    忍穂耳尊、天津彦根命、熊野?樟
    日命、天穂日命、活津彦根命、田
    心姫命、?津姫命、市杵嶋姫命

 由緒 創立年代不詳、天照大神、誉田別尊
    の二神合殿に祭り天大明神八幡宮と
    称せり、相伝ふ天大明神は三部郷(
    三部村は延長年間現在のの村落にし
    て所謂六村の一なり外構村は往古三
    部村の内といふ、創立は其以前)
    
 元資料紛失に就き、以下、不明。
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七八社 [日本の歴史]

郷社  五社
 
無格社 十八社

 社領若干を附す、同十五年二部城城主足羽太郎
 左衛門尉再建す、慶長六年八月中村伯耆守社領
 高十石居屋敷寄進せらる、後藩主池田氏に至り
 寛文七年六月社領三石六斗四升八合を寄進せら
 れ、並び池田家紋章入りの幕提灯を用ふるこを
 許され厚く崇敬せらる、明治元年神社改正の際
 二部社と改称、同五年村社に列す、同六年二部
 神社と改めらる、往古よりの末社をも明治元年
 合祀す、明治四十年四月二十七日新鮮幣帛料供
 進神社に指定せらる。社地の東南五町の地に後
 醍醐天皇隠岐御遷幸の際御駐?の地と称ふる所
 あり、則ち前の社地なりと。

 例祭日  十一月二日

 建造物  本殿、通殿、拝殿、神楽殿、神輿庫
      随神門

 境内坪数 千百三十坪
  
 氏子戸数 三百三十七戸
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村社 二部神社 [日本の歴史]

日野郡二部村大字二部字東上屋敷鎮座

 祭神 伊弉諾命、伊弉冉命、天太玉命
    倉稲魂命、誉田別命、神魯伎命
    蛭子命、大山祇命、天照荒魂命

 由緒 創立年代不詳、往古より王子権現
    と称へ付近里民の崇敬厚く、後野
    上莊大社の號を官許せらる、天正
    九年吉川治部少将より
     神楽殿、社務所、随神門

 境内坪数 千四十五坪

 氏子戸数 二百三戸
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郷社 三輪神社 [日本の歴史]

西伯郡大和村大字小波字東岡畑鎮座

    祭神 大物主命、速須佐之男命、少名毘古那命

    由緒 当神社創立は崇神天皇の御子、大和国
       大神神社の御分霊を勧請せるものなりと
       云ふ、蓋し崇神天皇七年諸国疫病流行盗
       賊蜂起の際、国家鎮護の神として大物主
       神の幸魂奇魂を諸国に遷し祀り、大田田
       根子命をして大神を祭らしめ給ひしこと
       旧史に見ゆ、当社は則ち其の一なりと云
       ふ、昔時今の社地を距る七町餘東南の三
       南の三輪山に鎮座ありて、其境内東西八
       町南北六町餘三峰に分れ、東を宮広峰と
       云ひ中を鳥居峰と云ひ、西を堂の峰と云
       ふ、其他神主屋敷、神宮寺趾、及馬場的
       場等の遺址を存す、麓の耕地数町歩は、
       旧神領にして神田、飯田、筵他等の名を
       存せり、鳥居峰の下に宮井筒と称する清
       泉あり、流れて?川となる、三代実録に
       貞観十五年十二月二十日辛亥授伯耆國正
       六位上三輪神従五位下と、中古は東河彌
       陀川より西日野川に至る五十一村の総氏
       神なりしといふ、元徳の頃小波城主大石
       橋氏の祈願所たりしと、元弘三年佐々木
       清高小波城にこもり官軍の為に、焼夷せ
       られ、此の時兵燹に罹り当社の社殿及び
       神宮寺等焼失し、宝物古文書等焼失之よ
       り衰運に属し、往時の規模を保ち難く、
       正保二年三月今の地に奉遷す、彼の鹽川
       に於て往昔より毎年六月の祓敷を行ふを
       古例とす、其田古式の祭儀あり、旧藩主
       池田氏より社領の寄進あり、中間庄大社
       と称して崇敬厚く、明治維新に至りても
       春秋の神祭には政廳より供物を頒たれ、
       例祭には奉幣使参向せしめられたり、明
       治五年四月村社に列す、明治四十年四月
       二十七日新鮮幣帛料供進神社に指定せら
       る、大正五年十二月大高村大字泉字駄道
       ノ上鎮座無格社下泉神社(祭神素戔嗚命)
       を合併す。大正十四年十月郷社に列せら
       る。

    境内神社 鹽川神社 祭神 大日霎貴命、
         素戔嗚命
         八幡神社 祭神 誉田別命
   
    例祭日  十月十九日

    建造物  本殿、向殿、幣殿、拝殿、神饌所
         神楽殿、社務所、随神門
    境内坪数  千四十五坪

    氏子戸数  二百三戸
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