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資料室 [日本の歴史]

http://o-mino.la.coocan.jp/page184.html 

私の資料室を作ったのを忘れていました。 ここの「16」をクリックしますと、神武天皇を祀った神社に移動できます。

 こちらは、簡単な資料です。 前回は、奈良県だけを詳しく調べた結果です。

熊本県の件数が多いです。どうして多いかは、歴史の専門家でも、考えた方はおられないと思います。(もっとも、私も調べていません) もし、解かりましたら、教えて下さい。


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神武天皇を祭祀する神社一覧 [日本の歴史]

「奈良県」  8件

1・ 橿原神宮 奈良県橿原市久米町934  TEL 0744-22-3271  FAX:0744-24-7720
http://www.kashiharajingu.or.jp/ 

2・ 玉置神社 奈良県吉野郡十津川村玉置川1番地  TEL 0746-64-0500 FAX 0746-64-0429 神日本磐余彦尊 
https://www.google.co.jp/search?source=hp&ei=4tY_W_qDPcj0hwOk0qWoAg&q=%E7%8E%89%E7%BD%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%E5%A5%88%E8%89%AF&oq=%E7%8E%89%E7%BD%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE&gs_l=psy-ab.1.2.0i131k1j0l7.1683.1683.0.4044.1.1.0.0.0.0.175.175.0j1.1.0....0...1c.1.64.psy-ab..0.1.173....0.6AW4lGoPylc&npsic=0&rflfq=1&rlha=0&rllag=33927220,135828218,315&tbm=lcl&rldimm=17144649973215201453&ved=0ahUKEwjn8b_nrYvcAhXPaN4KHX4fCKUQvS4IPjAB&rldoc=1&tbs=lrf:!2m1!1e2!3sIAE,lf:1,lf_ui:1#rldoc=1&rlfi=hd:;si:,33.916222427337956,135.82550086031506;mv:!1m3!1d4897.145422303707!2d135.82608236532496!3d33.92193107722283!3m2!1i571!2i568!4f13.1&spf=1530910297592
郷社

3・ 若桜神社 奈良県桜井市大字西浦344
http://www.genbu.net/data/yamato/wakasakura2_title.htm
本殿内には、大正まで当社東の小祠に祀られていた
神武天皇を祀る多神社が合祀されている。

4・ 大久保神社 旧村社  奈良県橿原市大久保町内垣内245
http://koshaji.blog.jp/archives/30337872.html

5・ 磐余神社 奈良県橿原市中曽司町521
http://www.7kamado.net/iware.html

6・ 神武天皇社 掖上   奈良県御所市柏原246
https://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/0f15ecfc3677f0a0d3dd26c73f89b4b1

7・ 十八神社 奈良県宇陀市榛原町額井614 
http://kamnavi.jp/as/uda/nukai18.htm

8・ 野口神社 奈良県御所市蛇穴540
http://yamatotk.web.fc2.com/katuragi/nogutijinjya.htm

1以外の神社は、昭和15年に内務省が、神武天皇をまつった神社を調べた時の結果を掲載したものです。
1は、今回、私が検索して発見した神社です。(橿原神宮)
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天皇の実在説は何代天皇からか [日本の歴史]

 次の資料をご覧ください。

天皇の一覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7#第10代崇神天皇以降を実在とする説

ウィキペディアによると、歴代天皇は次のようにして定められたことになります。
歴代天皇を確定するための基準が定まったのは、大正時代末期のことである。このとき示された基準によって、「歴代天皇は125代、123人。」という現在の歴代天皇の形が確定している。
 ここに書かれた歴代天皇の実在性が記されています。

• 2 初期天皇の実在性
o 2.1 初代神武天皇以降を実在とする説
o 2.2 第10代崇神天皇以降を実在とする説
o 2.3 第15代応神天皇以降を実在とする説
o 2.4 第26代継体天皇以降を実在とする説

2.1初代神武天皇以降を実在する説を採用しますと、歴代天皇は、すべて、実在すると言うことです。
2.2 第10代崇神天皇以降を実在とする説が正しいとしますと、神武天皇から、9代の開化天皇までは、実在しない天皇で、崇神天皇以降は実在する天皇と言うことになります。

多くの説があることは判りましたが、どの説が正しいのでしょうか。

私は 上記のどの説でもなく、初代から10代までは、全員、実在しないという説を読んだ記憶がありますが、確かめたことはありません。

一度、アタックして、どの説が正しいかを解明して戴ければと思います。

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卑弥呼 邪馬台国 匈奴 [日本の歴史]

タイトルの三つの言葉は、歴史上に登場する言葉のうち、気になった言葉です。

卑弥呼(ひみこ、生年不明 - 247年あるいは248年頃)は、『魏志倭人伝』等の中国の史書に記されている倭国の王(女王)。邪馬台国に都をおいていたとされる。封号は親魏倭王。

邪馬台国(やまたいこく / やまとこく)は、2世紀~3世紀に日本列島に存在したとされる国(くに)のひとつ。邪馬台国は倭女王卑弥呼の宮室があった女王国であり、倭国連合の都があったと解されている。古くから大和国(やまとこく)の音訳として認知されていたが[注釈 1]、江戸時代に新井白石が通詞今村英生の発音する当時の中国語に基づき音読した[注釈 2]、ことから(やまたいこく)の読み方が広まった。

匈奴(きょうど、拼音: Xiōngnú)は、紀元前4世紀頃から5世紀にかけて中央ユーラシアに存在した遊牧民族および、それが中核になって興した遊牧国家(紀元前209年 - 93年)。

以上の件は、ウィキペディアより借用しました。

三つの言葉に使われている「卑」と「匈」と「邪」の漢字には、次の意味が有りますが、中国以外に使われている国を表す時に、意味が良く無い漢字が使われています。

「卑」---①ひくい。いやしい。(ア)地位や身分が低い。「卑賤(ヒセン)」「尊卑」(イ)心がいやしい。下品な。「卑屈」「卑俗」 ②いやしめる。さげすむ。

「匈」---わるい。おそれる。=兇  匈牙利(ハンガリー)

「邪」---①よこしま。正しくない。心がねじけている。「邪悪」「邪道」 ②人に害を及ぼすもの。

日本の場合は、「倭」が使われました。

ハンガリーは、漢字表記では洪牙利で、洪と略される。中国語では、ハンガリーのフン族語源説が伝えられて以降、フン族と同族といわれる匈奴から、匈牙利と表記するようになった。


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日本はどうして「倭」と呼ばれたか その4  おまけ号 [日本の歴史]

 前回、その3 に置いて、私の頭は、元に戻ってしまいましたので、これ以上続けても、堂々巡りですので、お仕舞いのつもりでした。

少し読み返して見ましたら、「倭・倭人関連の中国文献 」を書いています。

倭・倭人関連の中国文献  
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%83%BB%E5%80%AD%E4%BA%BA%E9%96%A2%E9%80%A3%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E6%96%87%E7%8C%AE
1.論衡  2.山海経  3.漢書  4.後漢書  5.魏志倭人伝  6.晋書  7.宋書
8.南斉書  9. 梁職貢図  10. 梁書  11.北史  12. 南史  13. 隋書.
14. 旧唐書  15. 新唐書  16. 通典  17. その他の文献

以上、厖大な資料が、中国に残されています。

これらの中国の文献には、倭・倭人に関することが記されています。ということは、中国では、日本のことは、「倭」という名前で、呼んでいたことは、確かの様です。そして、住んでいた日本人のことは、「倭人」と呼んでいたことは確かと考えて良いと思われます。

と記しましたが、文献の中に、「5.魏志倭人伝」があります。
この中に書かれてある事は、虚偽が多くて、資料として使うことは出来ないと書いてある書物がありましたので、このページを書き加えることにしました。

『国民の歴史』は、( 西尾幹二 編/新しい歴史教科書を作る会 )  775ページまであります。

ここに書いてあることを検証しようとしますと、少なくとも、西尾幹二氏の考え方を知る為には、西尾幹二氏の著書をすべて、読む必要があります。

西尾幹二氏の著書
https://www.amazon.co.jp/%E8%A5%BF%E5%B0%BE-%E5%B9%B9%E4%BA%8C/e/B001JOSZU8 これ以外にもいっぱいあります。


日本の歴史を考えるのは難しいですね。
中国に文献が有るからと言って、そのまま利用するのではなくて、その資料が正しいかどうか、調べなければいけないらしいです。 
正論かも知れませんね。

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日本はどうして「倭」と呼ばれたか その3 [日本の歴史]

「倭 どうして使われた」をキーワードにして検索しましたら、一杯、ヒットしました。

①我が日本は、なぜ倭(和)国と言う(言われた)のでしょうか?「... - Yahoo!知恵 ...
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp › 教養と学問、サイエンス › 歴史 › 日本史

②倭の語源について - 日本語起源の探究
http://roz.my.coocan.jp/wissenshaft/wa.html

読めば読むほどに、詳しく書いて居られる方が居られることが判ります。

私のような素人にとっては、とても敵わないなと思うと同時に、もう少し、詳しく知りたいと、どんどん読んでしまいます。

「倭」という漢字は、不思議な漢字ですね。

旁の部分は、「委」は、上は稲でしょう。 下は、女性です。
昔は、稲作は、女性が大部分をしたのでしょう。

漢字や言葉は、このようにしてどんどん作られたのでしょうね。

だからと言って、人偏に「委」を加えて、「倭」を作ったからと言って、どうして、国の名前と成り、どうして、「やまと」と読むのでしょう。

又、はじめに戻ってしまいました。

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日本はどうして「倭」と呼ばれたか その2 [日本の歴史]

井沢元彦氏が 逆説の日本史  封印された「倭のなぞ」の80ページより。235ページまで使って書かれたことを私が、自分で書く事は出来ません。
そこで、井沢元彦氏が始めに書かれた部分を、紹介するだけで、「倭」に触れて頂こうかと思っています。

ページ80に、「倭」という国号にまつわる四種の説
というタイトルを記し、次の文章の書き出しで始まっています。

日本、この国はその歴史の初めには、「倭」と呼ばれていた。それが大和(やまと)になり日本になった。
二ページほど、省略して、

たとえば、最新の通史である『日本の歴史② 倭人騒乱』(田中琢著 集英社刊」)を参考に、これまでの考え方を示すと、と記して、次の四つの説を掲載して居られます。

A、日本列島人(原住民)が中国人に国の名を問われて、「我らの国」と答えた(つまり「ワ」)
と言った)。それゆえ、「倭」となった。 <卜部兼法・一条兼良・松下見林説>。

B、その頃の日本原住民が柔順な性質を持っていたので、その意味の「倭」を当てた<本居宣長説>。

C、原住民の体つきから見て、「背が丸く曲がって低い」という意味で「倭」を当てた<藤堂明保・金関丈夫説>。

D、日本列島は中国本土から遠い、そこで「はるか遠いところ」という意味で、「倭」を当てた。<岸 俊男説>。

なんのことは有りません。A~Bは、すでに、発表された「倭」に関する資料を四つ挙げられたことになります。
この後、著者である井沢元彦氏は、「少し、わかりにくいと思うので補足する」 と記して、235ページまで続きます。

「倭」と言う国が、どのような国であったかは、避けて通れない日本の歴史の部分であることが判ります。
井沢元彦氏は、卜部兼法・一条兼良・松下見林説と、本居宣長説と、藤堂明保・金関丈夫、岸 俊男の研究を利用して、自分の論文を形成して居られる事になります。

多くの方が、アタックされた「倭」ですが、私はA、B、C、D の中で、どれに賛成するかと言いますと、案外、

Aが一番、正しいのではないかと思います。

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日本はどうして「倭」と呼ばれたか [日本の歴史]

倭という実態はありません。いろいろの資料から、どうやら、日本と言う国は、始めは、「倭」と、中国から言われていたらしい程度で判ってきました。
 そして、倭と呼ばれる国が、その後、「日本」と呼ばれる様になったのが、日本の歴史の始まりのように思われます。
 勿論、その前に、縄文時代とか弥生時代というはありますが、やはり、「日本」がどうして、誕生したのかは、歴史を勉強する人にとっては、大切の様です。

「倭」は、「ワ」とも読みますが、「やまと」とも読みます。
どうして、日本では、「やまと」と読むようになったのでしょう。
素人ですと、考えは、此処までで、前に進みません。

「倭」をキーワードにして、検索しますと、
倭 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD#「日本」の前身としての「倭」
がヒットします。
「倭」という呼称[編集]
「大和」も参照
『古事記』や『日本書紀』では倭(ヤマト)日本(ヤマト)として表記されている。 魏志倭人伝では日本は邪馬台国と音文字で表記されている。 また『日本書紀』では夜摩苔つまりʎia mwɑ də もしくはjia mo tʰaiと表記されていた。
奈良時代まで日本語の「イ」「エ」「オ」の母音には甲類 (i, e, o) と乙類 (ï, ë, ö) の音韻があったといわれる(上代特殊仮名遣い)。「邪馬台国」における「邪馬台」は"yamatö"(山のふもと)であり、古代の「大和」と一致する。筑紫の「山門」(山の入り口)は"yamato"であり、音韻のうえでは合致しないので、その点では邪馬台国九州説はやや不利ということになる[3]。ただし、古来、「と(甲)」と「と(乙)」は通用される例もあり、一概に否定はできない[4]。
以上のことから解かることは、日本の資料にも、「倭」は、残されていて、『古事記』や『日本書紀』に有ることが解かります。
「やまと」という呼称は、「邪馬台国」における「邪馬台」は"yamatö"(山のふもと)と書かれた部分が、証拠になると思われます。

だんだん、納得できるような気にはなって来ましたが、この点は、多くの皆さんも、思われたのでしょう。
 みなさんは、それぞれ、自分の考えを記して居られます。

上に書きましたタイトルは、
井沢元彦著 逆説の日本史  封印された「倭のなぞ」の80ページのタイトルです。
 このページのタイトルは
第一章
 古代日本列島人編
の副題として、 日本はどうして「倭」と呼ばれたか のタイトルが書いてあります。
 このページは、235ページまで続きます。

井沢元彦氏は、「倭」について、説明するために、156ページも使って、解説しようと思われた事になります。

その後、日本では、「大和」と書いて、「ヤマト」と読む様になっています。

「大和」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C

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漢字「倭」が含まれる熟語 [日本の歴史]

「倭」が使われている言葉(熟語)を探して見ました。

魏志(ぎし)倭人伝・倭寇(わこう)・倭船・倭漢・倭歌・倭詩・倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)
倭国・倭人・倭賊、倭文(しず)
 以上位でしょうか。 正確に調べたことは有りませんが、一つの漢字を使った、関連する熟語は、沢山有る様に思います。

上に記しました「倭を含む」言葉の内、倭寇・倭船・倭漢・倭歌・倭詩は、漢字の間に、「の」言葉を入れますと、倭船=倭の国の船という意味になります。別に「倭の国」と断らなくても、「倭」一字で倭という国の名前です。
 普通熟語と言う時は、例えば、「愛情」と言う時は、「愛」と「情」の漢字には、それぞれ、別の意味が有りますが、「愛情」と書きますと、また、愛と情が持っている意味と異なる意味になるように思います。
 別にこの様な事は、国語で習ったことは有りませんが、今、急に思いついただけです。

二つの漢字を並べますと、「愛」と「人」ですと、「愛人」と並べますと、別の意味になります。すると、熟語いっぱい出来ますが、「倭」含む熟語は、倭船・倭漢・倭歌・倭詩・倭国・倭人・倭賊、倭文ぐらいしか有りません。

 以上の熟語は、中国でも使われているのでしょうか。 

日本でのみ、使われている= 日本人が、作った熟語だと思います。


以下 参考に
卑弥呼 邪馬台国 匈奴-----倭国と同様に、夫々に使われている漢字の意味が良くありません。
「倭」  中国の辞書に掲載されているか。
https://cjjc.weblio.jp/content/%E5%80%AD

 「倭国」「倭人」の語源は何か?
http://roz.my.coocan.jp/wissenshaft/wa.html

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倭という漢字 [日本の歴史]

https://okjiten.jp/kanji2222.html
倭と言う漢字は、日本では、次のように解釈されています。

①「従うさま」、「柔順なさま(性質・態度などがすなおでおとなしいさま)」、
  「慎むさま」

②「うねって遠いさま」

③「やまと(昔、中国で日本を呼んだ名称)」

中国では、どの様に使われているか。
先ず、中国の漢字の辞書に、「倭」が収録されているか。
 私は辞書を持っていないので、「倭 漢字辞典」で検索したりして、調べましたが、これが正しいという意見は見つかりませんでした。

倭の意味
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1010352390

「倭国」「倭人」の語源は何か?
http://roz.my.coocan.jp/wissenshaft/wa.html

追記 
上の記事は、
「倭国」「倭人」の語源は何か? と記して書いてありますが、私が書いた記事ではありません。

ここに、次の文章が見られます。
発音は独自のものですが(古代中国語では「和」でもほとんど一緒らしいです)、どの字をあてるかはあちらさま次第ということです。

しかし、中国では、日本で書きますと 「ワ」ですが、全く、異なる発音だという記事を読んだことがあります。 「ワ」ではなくて、「wa」「wo」だったでしょうか。 日本人が聞いても違いが判るように書いてありました。
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