So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
病気の話 ブログトップ
前の10件 | -

私の健康法 私の思い出(5)  [病気の話]

 私達、子供は、毎日遊んで、身体を使っていたので、病気をしなかったのではないと言うのが、私の発想です。
 ところが、二人の姉と妹は、随分、歳が離れていまして、一緒に遊ぶことは少なかったのですが、やはり、病気になった記憶が有りません。
 両親ですが、93歳まで元気でしたが、勿論子供時の事は知りません。

家族6人に共通することとしては、随分、良く日帰りも、外泊もした記憶が有ります。新しい所に行った時は、いつも、前に来た時は、ここの茶店で食事をしたなど、なんでも、覚えていて、私達を楽しませてくれました。
 残念ながら、私はどこへ行ったのか、あまり覚えていないのですが、多かったのは、行った先では、俳句会が行われていました。
 側について、うろうろしていますと、叱られました。どこへなと、遊んで来いと言って・・・。

 どうしてかと言いますと、両親ふたりは、俳句会に出席して、俳句を投句する必要がありますから、側でうろうろして、喋りかけたりしたら、俳句が出来なかったからだと、随分、後になって気が付きました。
 父は、叔父さんから俳句を教えて貰って俳句会に出掛ける様になりました。 何才で結婚したのか、忘れてしまいましたが、結婚してからは、二人で俳句会に行くようになりました。
 俳句会は、一泊泊まりの時もありました。 例えば、高野山に有るお寺では、住職さんも俳句を作られましたから、泊った夜にも句会。あくる日も句会と、何度でも、あって、大人は、緊張しっぱなしの生きいきとした一日でした。
 私達、子供は、お寺ばかりで、なに一つ面白く有りませんが、その内に、遊びを覚えました。

 その他に、父の会社の宿泊施設があちこちに有りました。 鎌倉、和歌山の白浜は、前が海でしたから、夏には良く行きました。 神戸の六甲山には、山の家があり、こちらは、泊れるだけで、食事の用意はして行き、みんなでワイワイ言いながら、スキヤキ等をして食べました。

 山上のケーブルを降りてから、寮までは、死ぬかと思える程の距離でしたが、父は乗り物には、一度も乗せてくれませんでした。 でも、今でも、良い思い出になっています。

 日帰りは、数え切ないほど、あちこちに連れ歩いてくれました。

 私が結婚してからは、同じようなことを妻と子供たちに、ずっとしてきました。

こうしたことと、家族全員が、病気したことがことと関係有るのではと思っています。


インフルエンザという病気が有ります。これは、原因が、ビールスだとされています。 ビールスに効く薬は長いこと有りませんでしたから、長いこと掛って、自然に治りました。

勿論、薬がないために、亡くなられる方が多かったのですが、最近は、ワクチンができ、予防出来ることになりました。

 しかし、僅かの方ですが、ワクチンを接種した為に、身体の調子が悪くなることもあり、問題になったことが有りました。

 私達、家族は、このように副作用もあるので、予防注射はしませんでしたが、誰も インフルエンザに罹ったことがありません。
確かに、ワクチンを接種しなくても、罹らない方も居られる事が分かって来ました。 逆に、ワクチンを接種しますと、副作用かどうか分りませんが、具合が悪くなったという話も聞く様になりました。

 このようなことを考えますと、どうして、病気になるかという説明は、難しい様に思います。

nice!(0)  コメント(0) 

私の健康法 私の思い出(4) [病気の話]

皆さんは、70年前に、自分の家族が、病気をしたかどうか。 向こう三軒両隣りの人が、病気をされたかどうか、覚えておられますか。
 私は、近くの20軒程のお家のことは覚えています。

正確に言いますと、23軒のお家の方が病気をされたら分かりました。
どうしてかと言いますと、交流があったからです。少し、特殊な形ですが、この家は、父が勤める会社の社宅だったからです。10軒は、古い二階建ての長屋。10軒は平屋の一戸建ての新築の家でした。新築は新築ですが、現在では見ることのできないお粗末な家でしたが、庭が付いていました。 何処の家も、その庭には、お野菜を植えていました。
 10軒の平屋の家は、南北に二列に、道路を挟んで、五軒建てられていました。
入居した時は、道路でしたが、東側の五軒は、道路半分を使って、家庭菜園です。西側の五軒は、自宅の西側に、勝手に竹藪を開墾して、家庭菜園を作りました。
 
 どの様な、集落かお分かりになりましたか。
記憶に有りませんが、入居したのは、1945年の終戦の年だったと思います。 どの家も、3人~4人の子供がいて、学校に通っていたことを記憶しています。
 この23軒の家族の名前も、家族の顔も覚えています。

 この会社の寮には、子供だけですが、皆で、草野球が出来る程の広場があり、毎日の様に、草野球、缶蹴り、駆逐水雷(クチクスイライと言ってました)、ビー玉、縄とび(大勢の人で、順番に飛びました) 
べったん(面子) 大阪弁  https://www.weblio.jp/content/べったん、 
住宅の西側に、笹で覆われた、広い空き地があり、そこでは、笹で、囲った空間を作り、大げさにいいますと、村を造って、一日中遊びました。 
釘釘倒し 
http://www.green.dti.ne.jp/k-a-swd/my30years/my30honbun/asobi02-asobi2.htm

ほかに、もっと、もっと、有ったように思いますが、忘れているようです。 日が暮れるまで、
小学生から大学生まで、一緒になって遊んだ記憶が有ります。

今から思えば、毎日の事ですから、随分運動になり、身体が作られるだけではなくて、病気にはならなかったのではと想像しています。

nice!(0)  コメント(0) 

私の健康法 私の思い出(3) [病気の話]

午前中の「国土防衛(12) 自衛隊員を増やす 徴兵制度(3)」は読んで頂けましたか。

世界の国では、国土防衛の為に、軍人の徴兵制をしている国が多くなっている所を見て頂こうと思って、書いています。
 日本も必要だなと考え始めていますが、全員、反対だと思います。 しかし、戦争の可能性が、増えているのであれば、せめて、一ヶ月の期間でも、徴兵制度は必要ではないかと思っています。
 このような法律を作ろうとしましたら、大反対になって、政府は潰れるでしょう。
安倍首相は、憲法第九条に、自衛隊のことを書き加えようと提案しているだけで、野党に反対されています。

では、外に何が有るかと言いますと、アメリカと北朝鮮の喧嘩を見ていますと、核兵器は100%、有効であることが分かります。だからと言って、日本も核兵器を持とうと提案しても、徴兵制度以上に反対にあうでしょう。
 では、まさかの時には、アメリカにお願いすればいいですが、100%断られるでしょう。

 どうしてかと言いますと、大切なアメリカの軍人を日本人を救うために、命令するでしょうか。 アメリカと日本は、同盟国ではありますが、それは、死なないことが分かっているから、日本に駐留しているだけの事です。

話は、飛躍しますが、どの方法にしても、軍備は、必要に思われます。
その費用をねん出するために、国民が、病気にならなければ、解決? と推察しています。

と言う次第で、これから書こうと思っている「私の健康法」が、正しいとか、まちがっているとの議論はしないで、皆さんが、実行して戴ければ、軍備費用は必要無いと考えます。

 私の健康法 私の思い出は、簡単に言いますと、私の77年の思い出から、考えますと、病気はゼロにはなりませんが、病院に行かなくても治るというお話です。



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E7%B1%B3%E8%BB%8D#米軍施設

nice!(0)  コメント(0) 

私の健康法 私の思い出(2) [病気の話]

いい加減な私の記憶を書きました。
風邪位ひいただろうと言われそうです。 いつの頃からか忘れましたが、最近、物忘れが激しくなっています。特に、数字が苦手になりました。
 例えば、今日は何日かと思いだそうとしますと、平成30年なのか、2018年なのか、忘れてしまいます。瞬間の事です。ゆっくり、思いだそうとしますと、思い出す事が出来ます。最近は、2018年であることの方が、便利なので、こちらで思いだす様にしています。

 なにが便利なのかと言いますと、私は昭和15年生まれですので、頭には昭和で入っているようです。戦争が終わったのは、昭和20年8月15日です。
 この時は、私は5歳ですから、この様な事は知りません。
私はずっと、6歳で小学校に入学したと思っていましたが、
遅生まれ(4/2~12/31生)の人は、7年後の次の年に入学になります。私は4月2日生まれですから、昭和22年4月、7歳で入学したことになります。
終戦は、日本人は、玉音放送で知ることになりますから、次の日になります。
1945年(昭和20年)8月15日:玉音放送により、日本の降伏が国民に公表された日

私が小学校に入学したのは、何才の時かは、このように考えませんと思いだす事は出来ません。
 親はもう死んでしまいましたので、聞くことは出来ませんが、聞けたとしますと、直ぐに、「7歳」と返事をすると思います。
当時は、1945年は使っていなかったと思います。
私も昭和人間で、昭和38年春には、どのようなことをしていたかは、覚えています。
現在は、西暦で私の頭には思い出は格納されています。 今日は、2018年ですから、私の生まれは、1940年さえ、覚えておきますと、2018-1940=78  今度の誕生日がくれば、78歳です。
 お若い、みなさんは、きっと、両方を使っておられるでしょうが、何年経過しているかを知る時は、西暦の方が暗算で計算出来ます。
長々と書きましたが、記憶と言うものは、私の場合は、昭和で、格納されています。
と言う次第で、
私の家族は、あまり病気にならなかった(病院に行くほどの病気)は、いい加減な様で、私の記憶では正しいことになります。

nice!(0)  コメント(0) 

私の健康法 私の思い出 [病気の話]

私は現在、77歳の男性です。但し、4月2日が誕生日ですから、もうすぐ、78歳です。
この私が、これから病気のことを書きますと書いても、どなたも信用されないでしょうが、今の調子で生きますと、90 才までは生きるのではないかと思っています。

その根拠ですが、一番に、両親は二人とも、93歳まで、生きさせてもらいました。そして、四人の子供が授かりました。 私より上が、二人、下が一人です。私だけが男です。
 父の兄弟は、四人で、長男、次男、三男は、男で、名前に、信次、三子雄と 次男、三男がいましたが、男は全部無くなり、一人の女性は、現在でも、健在です。
 その前のおじいさん、おばあさんも、長生きだったような記憶があります。

と言う次第で、私は長生きができる家系と考えています。

家系だけではなくて、1945年以降の記憶では、病院に行った記憶が有りません。唯一、記憶が有るのは、親知らずが痛くて、辛抱できなくて、抜いて貰いました。 
 その後、虫歯は成らなかった様に思います。 成人になってからの歯は記憶に有りません。但し、歯の根元がやられて、歯が動くようになります。 これは、私は歯槽膿漏と名付けています。
 歯科医にいきますと、殆ど、抜かれてしまったように記憶します。 歯が動いてしまっては、手遅れと思っていましたが、その内に、少し、動いた所で、抗生物質(クロロマイセチン)を使いますと、全部、治ってしまうことを発見しました。

 歯のことを詳しく書きましたが、外の病気にはなったかも知れませんが、記憶に有りません。 病気は、母親を除いては、誰もならなかった様に記憶します。

nice!(0)  コメント(0) 

膀胱がん闘病記(54) 低酸素細胞(43) 漢方(7)   病気の話 [病気の話]

三回前の 膀胱がん闘病記(50) 低酸素細胞(39) 漢方(3)   病気の話
http://nihonnsi.blog.so-net.ne.jp/2015-03-07
 に、
星野恵津夫著 『漢方によるがん治療の奇跡』 海竜社   定価 本体 1429円
を購入したことを書いておきました。

 やっとこさ、半分を読んだ所です。
 表紙に、星野恵津夫のお名前の上に、
 がん有明病院
 漢方サポート科部長
 医学博士
  の案内が書いてあります。

 『漢方によるがん治療の奇跡』がタイトルですが、「奇跡」とあるように、奇跡的に治った症例を書いて居られます。

 帯の部分に、
 漢方によって、がんとの闘いは、こう変わった。

患者20人の体験記と、著者のコメントによって、具体的に「漢方の力」を紹介します。

「患者20人の体験記と、著者のコメント」の部分は、38ページから160ページを費やした本になっています。

どの症例も、奇跡的に治られた方の症例が書いてあります。しかし、外の本と違う所は、星野先生が、そのコメントに対して、プロの目から見たコメントを書いて居られます。

 私の目からしますと、自分で癌になって、多くの本を読んだ目からすると、先生間意図が伝わらないと思います。

 何故かと云いますと、現在の医学は、自然に備わる動物の治癒力は、口にはしますが、重要視していません。これは、医師だけではなくて、国民総ての人がそのように思っているからです。

 私がこの20例の治癒例を読んだ時に、近藤誠という先生の事が一番に頭に浮かびました。
 この先生は、癌の治療はしてもいいが、しなくても尾などだと、これまでに、50冊以上の本を出版して訴えて来られました。
 あまりにも、医学界を冒涜するする行為であるために、この先生をやっつけようという先生が現れて、ボロクソに、堂々と書いて居られる先生が現れました。
 この意見は、インターネットでしか見る事ができません。

近藤先生の、これまでの経験から判る事は、癌は、死ぬ人は死ぬし、助かる人は助かる事になります。
 『漢方によるがん治療の奇跡』は、奇跡でもなんでもないと云うことになります。

 しかし、私は癌に漢方薬を使うのがいいかどうか判りませんが、自分の経験から云いますと、元々、備わっている自然治癒力は、大切だと考えながら、「十全大補湯」を試しています。

 何のためかと云いますと、
①膀胱がんの再発を防ぐ。
②治らないと云われながら、続けている緑内症を治す為です。

膀胱がん闘病記(53) 低酸素細胞(42) 漢方(6)   病気の話 [病気の話]

 私はここ一ヶ月ほど、一日一回、「十全大補湯」を飲んでいます。

これを飲むことになったのには、変な切っ掛けがありました。
家内は、白内障の手術をしていただいて、退院してから、一週間ほどして、眼の前に水が流れるように白いものが流れると云いますので、手術をして頂いた先生に、診察をお願いしました。すると、これは手術と関係がなく、術後の点眼液をちゃんと使用しなかったからだと云われました。もう少しすれば治ると云うことでしたが、次第にひどくなるので、病院を紹介して頂いた先生に診察を受けましたら、やはり、手術をされた先生で、見て貰うようにと、指示されましたので、私も同席してお話をお聞きしました。
 この時に、手術を紹介して戴いた先生から、処方されていたのが、「十全大補湯」でした。
同じ眼科医院で、私は緑内障の治療を受けていますが、眼圧を下げる点眼薬を頂いて、点眼していますが、元々、眼圧は高くありませんので、効果のほうはありません。
 効かないからと云って、点眼を止めますと、緑内障は進み、失明するそうです。

 死が先になるか、失明が先になるか、どちらかを選ぶと云うことになります。

わたしには、膀胱がんがあります。有難いことに、癌は4ヶ月で治ってしまいました。しかし、再発しない様に、いっぱいの事をしている話は、どんどん書いてきました。

 もう一つ、確かにするために、免疫力を強める「十全大補湯」を飲む事にしました。

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se52/se5200069.html
 
 これを飲みだしてからとは云いませんが、ずっと、日曜度に、京都と奈良を歩いています。 12月21日は東寺の終い弘法外、1月3日は、61年振りの大雪の京都の北野天満宮へ行き、一日中歩きました。
 先日は、京都・嵐山近辺を一日中、歩きましたが、一日中、雨で、ズボンも上着もぼとぼとになる程歩きました。

「十全大補湯は」、医師の処方箋が無くても、購入できます。 使ってみようと思われる方は、インターネットで、よく調べてから使ってください。

 3ヶ月も使いますと、癌にも効くかも知れません。

私のように京都と奈良が近いですと、気象庁よりも、生活の知恵が役に立ちます。 奈良のお水鳥も終わりました。間違いなく、春になる筈です。
 もし、春にならなければ、どこかの国が、嫌がらせをしていることになります。

おそろしい話を 【http://asilka.blog61.fc2.com/blog-entry-1380.html】 ここに書きました。

 どの国も信用できません。
このような時代には、「十全大補湯」でも、飲んで、どんどん、元気を増していく生物に触れてください。

 歩くだけで、癌は、小さくなる筈です。

癌は、低酸素細胞ですから。

膀胱がん闘病記(52) 低酸素細胞(41) 漢方(5)   病気の話 [病気の話]

少しでも、河口慧海著『チベット旅行記』を読んで頂けましたか。
 群馬大学の事件は、超近代的医学の世界で起こりました。

 その起こった事件を検証して居られる事故調査委員会と云うのが、どの様なメンバーの方で行っておられるのか判りませんが、きっと、同じ大学関係者許で行っておられるのでしょう。
 なんだか、私から見ますと、なにをモタモタして居られるのだろうと思います。人権ばかりを優先して、手術をされた先生のお名前すら、報道されません。この先生と同じ様に、亡くなられた方の治療に携わられた筈の、他の先生のお名前も発表されません。
 
 なぜか判りませんが、探ってみようかと思い、資料集めをしています。その資料を次の所に保管しました。
 
群馬大学病院における医療事故の話題
 http://asilka.blog61.fc2.com/blog-entry-1378.html

 このことと、膀胱がん闘病記とどのような関係があるのかです。

現在、日本で行われている癌の治療は、群馬大学の手術と同様の超近代的医学です。

その超近代的医学を使っても、癌患者は、二人に一人が罹る病気ですし、その病気で死ぬ人は、3分の1の30万人ぐらいだそうです。

癌に対する治療もなにかが間違っていると考えないといけないのに、間違っているという人は、近藤 誠という先生が、一人だけです。
所が、癌の治療には、医療だけではなくて、宗教でも何でも良い。患者に対する恐怖心が減る様であれば、助けを借りれば良いと書いた本を出されました。

この先生は、漢方薬の先生です。

この本は、まだ買ったばかりで全部読んでいません。この先生のお話を、その内にボツボツお伝えしようと思っています。

 私が日頃考えているのは、自分の持って居る自然治癒力で出来ることは、なんでもしようと思っているのですが、自然治癒力の話は、医学の話より難しいので、今日は5回目になりますが、[葛根湯]のことを紹介しました。
 しょうが湯などは、漢方とは云いませんが、生活の知恵で、だれでも知っていることです。

河口慧海著『チベット旅行記』の時代は、明治30年頃のことです。西暦1897年です。
この頃は、医学らしいものはまだ、無かった時代です。

京都の京都大学の近くに、[百万遍]という交差点があります。
 この地名がどうして着いたかと云いますと、昔、病気の大流行があり、多くの人が亡くなられました。病気治癒を祈願して、お経を[百万遍]を唱えたら、収まったと云う云われの地名です。

百万遍知恩院  http://hyakusan.jp/

 昔は、お寺や神社でお願いすれば、効果があると信じていたのです。そんな馬鹿な等と云わないで、お願いして見ることです。
 
私が癌になった時は、家族ともども、石切さんにお参りして、お百度を踏みました。
石切さん http://www.ishikiri.or.jp/

 勿論、毎日、散歩で、訪れる阿比太神社でも、必ず、[今日一日も よろしくおねがいします] と御挨拶をしました。こちらの神さんには、あつかましく、お願いしないで、
[今日一日] と御挨拶しましたから、毎日、3000歩歩いたことになります。

これだけのことで、私の体内の血液は、良く流れます。
即、血液は、身体の隅々まで酸素を送ります。 酸素が少ない所近元気になれない癌細胞は、死にはしませんが、大きくなることはできません。 その癌は、キラー細胞が、取り除いてくれます。

 免疫の仕組みを知るだけで、このような素晴らしいことは、神がしているとしか思えないことを知るでしょう。

 話はごちゃごちゃになりますが、中国の人も、韓国の人も、神の存在はご存じありません。

 日本人は、顔は、中国や韓国と同じ顔をしていますが、神を知らない人たちです。 

 日本人は、神だけではなくて、仏教でも、宇宙の存在は知り、その世界は、マンダラ図などであらわされています。 この世界に到達したのは、空海ではないかと、これから勉強するつもりになっています。

 癌は、このように考えますと、心の病気と言えそうです。

医学の力だけではなくて、自分の心をコントロールするだけで、治るような気になっています。

膀胱がん闘病記(51) 低酸素細胞(40) 漢方(4)   病気の話 [病気の話]

漢方と関係ありませんが、河口慧海著『チベット旅行記』という本が有ります。

 http://www.amazon.co.jp/s/?ie=UTF8&keywords=%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E6%97%85%E8%A1%8C%E8%A8%98+%E6%B2%B3%E5%8F%A3+%E6%85%A7%E6%B5%B7&tag=googhydr-22&index=aps&jp-ad-ap=0&hvadid=30178481665&hvpos=1t5&hvexid=&hvnetw=s&hvrand=9623832807453708072&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=b&hvdev=c&ref=pd_sl_6lczlkraxt_b

アマゾンという会社のkindle版を購入して読みました。
上のアドレをみますと、有ります。 kindle版は0円でした。

アマゾンの宣伝するようですが、この本を読んだ時に、これから、日本を元気にする会社だと思いました。
 この後、私の本の購入は増えました。そして、知識は間違いなく増えました。そして、間違いなく生活が楽しくなりました。そして、この生活は家内にまで移りも請われるままに、日曜度に、京都と奈良を歩き廻っています。

 河口慧海は僧侶です。仏教の根幹を学ぶために、インドではなくて、チベットで修業をしようとされたようです。当時、チベットは鎖国をしており、中国とは云え、入国は出来ませんでした。
 勿論、日本人も入国できませんでしたが、歩いて入国を試みました。

 いつの頃か忘れてしまいましたが、確か、明治30年ころの話だったと思います。

この旅行記は、いろいろの事を教えてくれました。
一番に、人間は、宗教を極めるためだけに、これほど過酷な環境に耐えて勉強をしようとするのだと思いました。
 宗教の為であれば、なんでも出来ることを、今のイスラム国の人達は、教えてくれます。

この頃のチベットは、既に、立派な寺院があり、仏教を中心にして国民は生活をしていたと思われます。当然、現在ほどでは無くても、医療はある程度進んでいたと思っていましたが、入国に成功した河口慧海は、医者でも無いのに、助けを求める人が集まったことを述べています。
 余り詳しく書きますと、興味がそがれますから、これぐらいにしますが、この旅行記は、チベットは、明治30年頃には、間違いなく、チベットという国があった証拠にもなりますが、チベットもウィグルも、昔から、中国のものだと、現在の中国は、主張しています。

 それどころではありません。尖閣諸島は、同じ論法で、4000年前から、中国の領土であったと主張しています。

 現在では、チベットは中国の領土であることは、100%正しいことになっています。これを認めませんと、100%中国と戦争になります。(日本は、別に認めるとも認めないとも発言していませんが、認めないと発言しますと、明日にでも、尖閣諸島は、取られてしまいます。それだけではなくて、沖縄も占領されると思います。これを戦争といいます。 日本政府は、ズルイですね。自分たちの先祖の人達なのに・・・。)

 戦争は、100%負けると思います。
何故かと云いますと、中国は、今年も、軍事費を10%増やしました。毎年増やしています。
フィリピン、ベトナムは、どんどん、領土を奪われています。ロシアも軍事費を増やし、ウクライナで軍事力を行使しています。 世界史は、戦争のくりかえしであることを日本人は、知らないのだと思います。

難儀なことに、膨張する中国の富のおこぼれを頂戴しようと、アメリカ、イギリは、中国に接近しています。フランス、ドイツ、ロシアも接近しています。日本は、オバマさんにしがみついていましたが、少しずつ、日本をやっつけようとしています。それに気がつかないのは、どうしたことでしょう。

 日本はと云いますと、第二次世界大戦のときの事をあやまって、賠償金を支払おうと考える人が増えてきました。
 
話が偉い方向に行ってしまいました

 ここまで考えなくても良いですが、『チベット旅行記』は面白い本です。

買わなくても、次の所に、中身は掲載されています。

チベット旅行記
http://www.aozora.gr.jp/cards/001404/files/49966_44769.html

ところで、この文章のタイトルとどのような関係があるのかと云うことです。

中国や日本も、チベットと同じ様に、2000年前から、ほろびなくて生きてきました。長生きは出来なかったかもしれませんが、長年の民族の知恵をつかって、生きてきました。

 現在の様に、癌を切り取ってまで、治療をするのは、本当に、最近はじまったことです。

群馬大学の先生達は、全員間違っておられた事になります。

病気は治せば良いものではない事を、医者でないものも知るべきだと思います。


チベット旅行記http://www.aozora.gr.jp/cards/001404/files/49966_44769.html
は、このままでも読むことは出来ますが、紙に印刷してから読んでください。

膀胱がん闘病記(50) 低酸素細胞(39) 漢方(3)   病気の話 [病気の話]

葛根湯が、風邪の初期に効くという話は、殆ど信じたくないと思われるでしょう。どうして思うかといいますと、漢方のことは、知らないのに、古くてダメだと思っているからです。

風邪をひいたかなと思われるのは、どのような時でしょう。
 
 喉がいがらい。洟がでる。しんどい。お腹の調子が悪い。咳が出る。トイレの回数が増える。喉が渇く。

順序は、バラバラに書きました。これは、人によって違います。
発熱するとなりますと、本格的な風邪の兆候です。

 洟がでる。 咳がでる。熱がでる。
この三つの症状は、自分で診断して病院に行くことになります。

これは、身体が、愈々、本格的に治療をはじめた状態です。処理出来ないものを洟として排出です。気管支・肺にある病原菌を排出です。
 細菌はどれぐらいの温度で殺す事が出来るでしょうか。私は知りません。でも、各個人や動物の頭は、正確に判断して、体温を上げるのだと考えています。
 私の場合は、36.5度になりますと、しんどくなって、体温を計りたくなります。

 このような時に、葛根湯を一袋飲みますと、良くなります。

葛根湯の効果的な使い方と副作用http://wisdom.tokyo/?p=483

を読みますと、解熱や鎮痛の作用も有るのは、「葛根」の外に、いろいろの薬が入っているからだと思います。

風邪をひきますと、いろいろの症状が出ますが、それは、すべて、身体が治そうとしている仕業だと考えますと、納得いくことになります。

と云う事は、細菌やウィルスが原因で、身体の調子が悪くなってくる時は、先ずは、微熱が出ているのだと思います。
 この段階では、誰も、病院には行きませんが、行った頃には、自分の免疫では、手に負えなくなっているのではと推理しています。

もし、私の細菌が入って来た時に、頭が考えて、体温を上げているのが、正しいとしますと、頭の判断を助けてやればいいことになります。

体温を上げるです

 部屋の暖房をあげる。 夏であれば、冷房を切る。 いつもより長めにお風呂に浸かる。
寝るときに、靴下をはく。 冷たいものは、食べない。 葛湯を作る。 熱いお茶を一日、5回ぐらい飲む。料理にショウガを使う。

 身体を温めるものであれば何でも良いことになります。

この方法の良い所は、こうして、風邪が治った時は、こんど、同じ細菌やウイルスが入って来た時は、それをやっつける兵隊は、出来ていますから、直ぐに出動攻撃することになります。
 初めての病原体が入って来た時は、相手を見てから兵隊を出動させることになりますから、少し攻撃が遅れます。
 ( この二行は、私が習って来た細菌学と異なりますが、私の理屈が正しいと云うことにしています。なぜ、正しいかと云いますと、この考えで、親子三代、ワクチンは一切使わなくて済んでいます。風邪はひきますが、病院に行ったのは、数えるぐらいです。親子三大と云う事は、略、60年間です)

次回漢方薬の本の事を書いてみます。

最近、購入したのは、
星野恵津夫著 『漢方によるがん治療の奇跡』 海竜社   定価 本体 1429円出来れば、購入して戴きまして、
読んで置いて頂ければと思います。

少し、難しい部分も有りますが、癌を宣言されて、しかも、戦っておられる方でしたら、読むだけで、私は身体はいい方向にむかうのではと・・・・・。

トラックバック(1) 
前の10件 | - 病気の話 ブログトップ